2012年04月23日

外国人スピーチ大会

外国人スピーチ大会が3月10日神戸市勤労会館で開かれ10人が絆のテーマでスピーチを行った。


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きずな

神戸大学 フランシスコ ワン(アルゼンチン)


 絆とは、人と人との絶つことのできない繋がりです。より深く強く生きるものだと思います。 私の両親は25年くらい前に仕事関係で台湾からアルゼンチンへ移住することを決めました。私はアルゼンチンで生まれ、現在、台湾・アルゼンチン両方の国籍を持っています。

 小さい頃から首都のブエノスアイレスの日本人学校で、スペイン語、英語と平行して日本語の教育も受けました。母親にはよく日本語の勉強を頑張りなさいと言われました。その時の自分は何となく母親の期待に応えようと一生懸命に日本語の勉強をしました。しかしなぜそうしないといけないのか、全く理解できませんでした。

 高校卒業後、日本の大学を目指して一生懸命頑張りました。3度目の挑戦でようやく日本の国費留学のチャンスを掴むことができました。合格発表の日、誰よりも喜んでくれたのは母親でした。日本への留学経験や日本に旅行すらしたことのない母親はなぜこれほど日本のことに憧れて、日本の教育、文化にこれだけの信頼を寄せているのか、アルゼンチン生まれの私には全く分かりませんでした。しかしその理由が日本に来てからやっと分かったような気がします。それは台湾と日本の間に強い絆があることが実感できたからです。 ちょうど一年前に東日本大震災が発生しました。震災後、世界各国から支援が寄せられましたが、その中で台湾から送られてきた義援金に多くの日本人はびっくりしたはずです。それは僅か1ヶ月で、官民あわせた義援金が140億円を突破していたからです。義援金以外にも見舞いの言葉を送り、緊急物資などの支援も台湾が行っていました。
 台湾の政府は、台湾の支援が、99年の時の台湾大地震、3年前の台風豪雨被害の時に台湾が受けた援助への恩返しだと説明しています。恩返し感謝の心が台湾と日本の絆をより一層強くしたと感じました。

 もちろん日本の人々も感謝の気持ちを忘れていません。当時、政治的な配慮などの理由もあり、日本政府は台湾以外の国、アメリカ、韓国、中国等に政治的にお礼を送りました。これに対して日本国民の中で、やはり台湾の人々にちゃんとお礼したいという声が圧倒的に高まり、ある有名デザイナーの呼びかけをきっかけに発足した「ありがとう台湾プロジェクト」がインターネットを通じて多くの支援を集めることができました。そして去年の5月3日に台湾のほとんどの新聞紙に「ありがとう台湾」という感謝の広告が掲載されました。これを読んだ台湾の人々は、心が温かく包まれました。

 実は過去を振り返れば台湾は日本に約半世紀に渡って植民地にされた歴史があります。しかしこの50年間に台湾の人々は日本に対し抵抗を示しつつも、徐々に日本文化の浸透を許し、文学等の面で台湾独自の文化を見出すことができました。これは否定できません。そして実は日本はダムや縦断鉄道の建設、都市、ライフラインの整備、学校教育の普及を行うことによって、台湾の近代化を推進したという事実もあります。それに対して多くの台湾の人は、すごく感謝していると思います。

 絆の原点は運命によるものかも知れませんが、その絆、繋がりをより強いものにしたのはやはり人と人の感謝の心ではないでしょうか?
 去年の夏、両親が日本に来て私の大学、宿舎、アルバイト先を見せました。やはり観光よりも私の生活環境を見たいと母親に頼まれました。母親は、日本以外、教育、政治、人々も信頼できる国はないと、だから安心して留学に行かせたと言いました。やはり子どもが外国に行くと一番心配するのは母親です。そんな母親を安心させたのは、やはり台湾と日本の間の強い絆だと思います。台湾と日本の強い絆に感謝します。


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つながり

神戸大学 ディアンKヌルプトラ(インドネシア)





 私は、神戸大学医学部で勉強しているディアンといいます。ジャワ人です。 日本人とインドネシア人の似ているところと違うところが日本に来て少し分かりました。

 8歳の時、テレビでドラえもんのアニメをよく見ていました。ロボット、新幹線、美しい桜、神社やお城を目を丸くして見ていました。でもあの時日本がどんな国か全然知りませんでした。

 10歳の時、運命的なことがありました。父の勧めで合気道を習いにいった時、日本人の先生に会いました。この先生が私の家に来た時、お邪魔します、と言って靴を脱いで綺麗に並べました。ジャワ人はしないので不思議に思いました。次に部屋に入る前に座らず立ったままです。驚いた父が、どうぞお座り下さいと言うと、失礼しますと言って座りました。素晴らしい礼儀だと思いました。私はその時、日本の礼儀を初めて見ました。この先生から、礼儀、武士道の精神、絆の大切さを学びました。この時から私の見方と考え方が変わりました。日本へ行きたいという気持ちがもっと強くなりました。

 私が27歳の時、チャンスがやってきました。ある時私は、ハンディキャップのある子どもを助けるために研究していました。その時に日本に留学できるコースがあることを知りました。チャンスです。私は興奮しながら、勉強してテストを受けました。一年後、浴衣を着て、花火を見ている私が神戸の町にいました。夢のようです。奇跡です。大学や神戸の町で一緒に頑張りましょうと強く歓迎されている絆を何度も感じました。日本に来て良かったと思いました


 私は大学で研究していますが、音楽が好きです。大学の休みの時は、国際交流でインドネシアの民族楽器アンクルンを日本の皆さんに紹介しています。アンクルンは、竹の楽器です。一人が一つの音を持ちます。ドの人は、ドだけです。皆で演奏して一つの曲ができます。演奏すると皆の気持ちが一つになります。これはインドネシア人の絆の精神です。いろいろな日本の曲も演奏しています。日本の曲では、森山直太朗の「さくら」の曲が一番好きです。くじけそうになりかけても頑張れる気がした、この歌は日本人の前向きな気持ちと諦めないで努力する精神が歌われます。

 インドネシアのジャワ人は諦めが早いです。努力も少しです。でもこれは昔の話で、今は日本人を見習っています。日本人にはダルマ精神があります。何回失敗しても皆が支えて頑張って立ち上がることができます。3月の東日本大震災で、冷静なこととボランティア活動には感心しました。また、なでしこジャパンの強い絆で最後まで諦めない姿は、世界の人に感動を与え、世界のモデルになりました。

 でも少し心配なことがあります。この素晴らしい礼儀と伝統を若い人は守っているのでしょうか。多くの若い人は守っていますが、守っていない人もたくさんいます。例えば電車の中で高齢の人や体の不自由な人を見て、眠ったり目をそらす人もいます。でも心配しないで下さい。ジャワも同じです。世界の人が認めている日本の礼儀や絆を、日本の若者が引き継いでほしいと思います。私のインドネシアのジャワの子どもに教えていきたいと思います。

 「おはようございます」「一緒に頑張りましょう」「お疲れ様でした」この言葉を聞く時、日本に来て良かった、幸せだなと思います。いつまでもこの素晴らしい礼儀と絆の精神を大切にする国であってほしいです。

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2012年03月19日

兵庫県教育功労者 計95名が表彰


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兵庫県教育功労者の知事表彰が兵庫県公館で3月6日行われ95名が表彰された。
今年は大学教授4名、高等学校28名校長23名、教頭1名、事務長1名、教諭3名、中学校長28名、小学校長28名、特別支援学校長4名、教育行政3名前教育長1名、県教委事務局2名、計95名
受賞された方々は次のとおり
大学 兵庫県立大学教授(4名)
田守育啓、齋藤修、浅見敏彦、江藤正義
高等学校 校長(28名)
岡野幸弘(神戸)飯田賢良(夢野台)山内茂弘(兵庫)矢田啓二郎(須磨東)堀 健児(北須磨)上野晃司(尼崎稲園)正岡茂明(尼崎北)重松司郎(鳴尾)梶山祥木(宝塚東)土井惠司(宝塚北)深田俊郎(柏原)栗岡誠司(明石北)椚田一文(加古川西)松本有史(加古川南)西谷仁孝(三木)安田邦夫(三木北)谷本彰子(播磨南)西幹 博(北条)向田 茂(姫路西)藤森陽子(相生)山本康義(豊岡)不動 亨(津名) 田 明(姫路市立姫路)
高等学校
出雲一郎(北条教頭)小椋光雄(豊岡総合事務長)富岡澄夫(鳴尾主幹教諭)栗林達也(淡路三原主幹教)新田安典(北須磨教諭)
中学校長(28名)
紺谷宜孝(神戸御影)木村光雄(神戸渚)森脇毅(神戸布引)福屋龍二(神戸友が丘) 尾崎一郎(尼崎小田北)井口正(尼崎小園)鈴木佳英(西宮今津) 砂 賢(伊丹南)池田貞夫(川西東谷)溝口 薫(明石大蔵)冨谷清実(加古川氷丘)笹倉邦好(西脇・西脇南)森 浩三(三木別所)小林幸彦(加西北条)井村重文(加東滝野)笹倉政之(多可中町)横内惠(姫路白鷺)寺脇 覚(姫路夢前)秋本隆夫(姫路神南)高根勝三(相生双葉)春名 勉(宍粟山崎西)圓尾和也(たつの御津)岩城正彦(福崎・福崎西)片山郁彦(上郡・上郡)小谷俊英(豊岡日高東)松本清一(篠山・篠山東)中谷直樹(洲本青雲)武市重之(南あわじ辰美)
小学校長(28名)
丸山明夫(神戸会下山)田口和則(神戸大池)根津隆男(神戸神陵台)小笹雅幸(尼崎武庫庄)和田美津代(西宮小松)笠原清次(芦屋朝日ケ丘)伊藤進二(芦屋浜風)乾佳美(宝塚末広)豊泉浩孝(川西桜が丘)松本智洋(三田けやき台)北原和彦(加古川・加古川)大森俊昭(加古川平岡)今枝睦宏(三木豊地)井上京子(三木自由が丘東)衣笠好一(高砂荒井)堀井聖明(小野・小野東)安平富彦(多可松井)山本眞弘(姫路安室東)古隅信彦(姫路飾磨)竹添昭弘(たつの揖西西)太田美孝(福崎田原)岡本浩(上郡・上郡)芦田哲(豊岡日高)足立篤史(養父高柳)稲津直人(朝来梁瀬)細見悟(篠山・篠山)
三崎典子(丹波和田)藤江優景(洲本都志)
特別支援学校長(4名)
田中元(姫路聴覚)山口清春(阪神)足立光藏(高等)飯野英明(宝塚養護)
教育行政(3名)
塚本圭右(前南あわじ市教育長)西向寛昭 県教育委員会事務局総務課参事(学校給食・食育支援センター所長)上谷良一(県立美術館館長補佐兼課長)
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2012年02月17日

中華民国から訪問団が兵庫県に

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台湾の世論調査の結果によると、最も好きな国は日本であることが明らかとなったが、これは歴史的な深いつながりから来ているものである。農業水利事業に大きな貢献をした技師、八田與一記念パークが2011年5月8日に開園するなど、過去に台湾で数多くの功績を残した日本人が、多くの台湾人から称賛され代々伝えられてきた特別な感情が、実際の両国における草の根交流の原動力となっている。
台湾の教育部では、「台湾は2003年から教育旅行を推進しており、この7年間において台日双方の累計で400校余り、2万人余りが相互訪問していると発表している。

     兵庫県との交流
 6月には中華民国の王俊權体育司長(文科省スポーツ青少年局長と同等)ら他6名が兵庫県教育委員会の大西孝教育長を表敬訪問し、中華民国と兵庫県の親交を深め同国のスポーツ振興施策の参考とするため、競技力向上事業等について意見交換を実施した。
 大西孝教育長は歓迎挨拶で、「兵庫県には日本で唯一、孫文の記念館があります。孫文先生は中華民国建国の父と呼ばれています。また兵庫県庁は孫文先生のゆかりの地で、建物には孫文先生の礎石があり、1924年に孫文先生がここで有名な「大アジア主義」の講演を行いました。
 アジアの人々が共に仲良く心を合わせてヨーロッパの覇権主義に対抗していこうではないかと講演されたと伺っています。今年は孫文先生の辛亥革命100周年の年です。従って当地では今年、孫文先生の様々な行事が行われます。
 日本ではこの3月に起きた大震災で大変な被害が出ています。16年前に兵庫県では阪神・淡路大震災があり、お国の台湾をはじめ各国から支援をいただきました。兵庫県では感謝の気持ちと復興の教訓をしっかり伝えていこうではないかというのが大きな目標となっています。今回の震災でも台湾の方から非常に温かい支援をいただいていることについて感謝します。震災復興のためには一人一人の気持ちを元気にしていく必要があるという意味で、人に元気と感動を与えるスポーツの力は非常に大きなものだと思っています。」
 王司長 「今回の大震災の知らせを聞き台湾の国民は大変驚いています。台湾からも支援させて頂いていますが、日本が必ず復興することを確信しています。被災者の方々が早く困難を乗り越えて、哀心より復興することをお祈りしています。
 往年の縁ある歴史を聞いて高い親近感を持ちました。 高校野球の交流や修学旅行の交流を進めていきたいと思います。」
大西教育長 「昨年、兵庫県の高校2校が台湾を訪問しました。」
王司長 「2校のうち1校はわざわざ二年前に大洪水のあった台湾南部へ行き義援金を寄付してくれました。お礼を申し上げます。修学旅行で日本に15校以上が来ましたが、全員参加ではなく、スポーツ交流で関西を回る時に兵庫県も回る形をとっています。今まで少年野球の交流だけでしたが、中華民国として兵庫県の高校野球チームを招待したいと思います。」
大西教育長「勝ち進んだ1校の方が派遣しやすいので是非つめて実現したいと思います。」と語っていた。

訪日教育旅行  兵庫県では、青少年における国際理解教育の推進及び国際交流を通した地域振興を目的とした訪日教育旅行(海外からの修学旅行)を進めている。
平成18年度より県内の国際交流関係や教育関係、観光関係機関などで構成する「兵庫県訪日教育旅行促進協議会」を組織。その一環として、海外の学校と県内の学校との学校交流に係る「学校交流コーディネーター、学校交流プランナー」を(公財)兵庫県国際交流協会に設置し、誘致・受入バス補助などを行なっている。
訪日教育旅行は、希望者や推薦を受けた児童・生徒が30名から80名程度がほとんどでアジアからの旅行が主で日本側は、普段の学校生活を見せる。相手方も児童・生徒間の交流を希望する場合が多く子どもたちが積極的にかかわったり保護者や地域の方が参加・協力したりしている。 小学校では 日本の「昔遊び」を中心とした交流、クラス活動、クラブ活動、音楽演奏を通じた交流、授業参観を中心とした交流 、各学年からの出し物を通じた交流 、給食を通じた交流がある。
中学校では授業を利用してのグループ交流、授業体験、部活動見学、施設見学、授業見学と生徒会との交流を行なっている。

台湾国立板橋(バンチャオ)高級中学生が来県

 台湾国立板橋高級中学校の代表団(高団長)38名が11月10日、県立長田高校を訪問し生徒同士が交流プログラムを実施した。 
平井敬員校長は、「本校は今年創立91年目を迎え960名がこの校舎で学んでいます。
 板橋高級中学校は、1946年創立の伝統ある学校であり、学校の規模も中学部も含め60クラスという大変大きな学校であると聞いています。進学率も高く、卒業生は台湾の各分野で大いに活躍されているそうです」。
  板橋高級中学校の林明潔学務主任が「貴校の招きを光栄と存じます。本校は創立66年目で台湾の新北市(新台北市)にあります。生徒は60クラスに2400人います。数理、語学、特奨するクラスが設けられています。緊密な交流、両校の友情をお祈り申し上げます。台湾には、多元的な独特な文化があります。国民は優しい気質で親日的です」と挨拶した。
 交流会では、生徒同士のお土産、お茶やパイナップルケーキなどの記念品交換や、長田高校合唱部による合唱が披露された。両校の生徒の自己紹介や、生徒同士が片言の日本語や、英語で会話したり、筆談で人気グループのことや歌曲について情報交換したり、メールアドレスを交換したりした。英語、音楽、数学等の教室に参加しての授業体験や生徒による校舎内外の案内や茶華道や音楽、剣道部、空手部、ダンス部、卓球部等への参加や見学が行われた。
 板橋高級中学校の生徒たちは日本の印象について憧れの日本は很干浄(ヘンガンジン)とてもクリーンですと話して盛んに写真を写していた。

この他、10 月27 日(木) 神戸市西区の県立伊川谷北高等学校を国立新港芸術高級中学(台湾)生徒33 名、教員等 3 名の計36 名が訪問、学生食堂で昼食を食べたり授業参加(音楽、美術)した。
10 月31 日(月)神戸市垂水区の県立舞子高等学校を台湾高校生防災教育日本研修団
生徒30 名、教員等8 名 計38 名が訪問、環境防災の授業を体験した。
12月6日には台湾内湖高級工業職業学校の代表団、生徒27名、教員2名、通訳兼ガイド1名 計30名が加西市北条町にある県立播磨農業高等学校を訪問し、生徒同士が交流プログラムを実施した。学食体験、校舎、寄宿舎、農場等の施設見学、播州歌舞伎、茶道、柔道等の部活動を体験し両校生徒がパフォーマンスの発表等を行なった。
12月15日(木)には台湾国立豊原高級商業職業学校 生徒32名、教員3名、通訳兼ガイド1名の計36名が県立神戸商業高等学校(神戸市垂水区)を訪問した。生徒開発商品『みそかごころ』(菓子)の贈呈を行なった。生徒交流では7 グループに分かれ、コンピューターを通して異文化体験・紹介を行なった。
今年、日本語が台湾の高校生に最も人気のある第二外国語であることが台湾教育部の統計で明らかになった。哈日族(ハーリーズ)と言って日本の流行文化や服装に止まらず、日本の伝統文化を好む青少年が増えている。
台湾の高校生は日本人の慎重で礼儀正しいなどマナーの良さに驚いていた、規則を守ることに深い印象を感じた。また、日本の家庭教育は子どもの頃から整理整頓・清潔の観念が根強くあり、どの高校生も身支度に長い時間をかけて、きちんとした格好で家を出ていた。
憧れの日本文化に触れ私たちは、これからの人生にプラスになることを信じていますと語っていた。
日本の繊細な和食やおいしいスウィーツを食べ、納豆の素晴らしさを初めて経験した。
ホテルの大きな大浴場でびっくりした。
魚市場ではハエがいない、生臭さがないと日本の市場の清潔さ、魚の新鮮さに生徒はびっくりした様子だった。バスで田舎の道を走ったが、全部舗装道路なので驚いていた。
 生徒は来年も日本へ行きたいと話していた。
学校の部活動を見学して、教師が大声を出さずに、先輩が後輩に指導していること、やる気のあるもののそれぞれの自主性に任せている。
日本で学んだことは、交通ルールを守ること、歩行者優先に感心した。
トイレ事情は、すべて紙が置いてある。紙は便器内に捨てるので、外側に散らばらない。整理整頓の習慣がある。清潔だと感心していた。
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2011年11月19日

中国研修を終えて

同志社大学政策学部政策学科
石村雅弘
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 なぜ留学先に中国を選んだのか。私が中国を選んだ理由は二つあります。
 近年起きた反日デモや領海侵犯などから中国に対してポジティブなイメージを持てない方が多いと思います。私もその一人でした。過去に参加してきた勉強会でも中国と日本は分かり合うことができない、中国は危ない国であるという意見が多くあった。留学を決めた理由として過去の歴史認識などに象徴される各種問題が日中間で起きているが、そのことについて中国の学生がどのような考えを持っているのか、また日本人への感情はどのようなものであるのかと言うことを知りたいという気持ちがあったことが一つです。

 もう一つは自分がインターンをしていた昨年の夏に神谷宗幣議員の台湾視察に同行させて頂いたことです。台湾の商工会議所の方や李登輝前総統のお話を聞かせて頂ただいて台湾の方々が日本に対して友好的な考えを持っていることを知りました。そして、台湾が日本にとってどれだけ重要なポジションにあるのかと言ったことや、これからの日本がどうあるべきなのかを学びました。台湾での研修の中で何度も登場したのが日本・台湾・中国との3カ国の関係であり、将来の日中関係において台湾が日本にとってよきパートナーになることができるというものでした。この研修では台湾について多くのことを学ぶことができました。しかし、台湾の方々と私たちが見ていた中国が大きく異なることが分かり、実際の中国はどうなのか。実際の中国を見てみたいという好奇心から私は中国への留学を決めました。
 留学した北京市は上海に次ぐ大都市で、上海を経済の都市とすると、北京は政治・文化の都市と言うことができる。秋田県と同じ緯度にあり、面積は四国とほぼ同じ大きさで人口は1900万人。地方出身の人が多くを占めていて人口が多いため競争が非常に激しい。
私が中国に対して持っている率直な感想はとにかく大きな国であるということ、日本では珍しい均質なビル群が建ち並ぶ風景や人の数さらに街を走る車の数もが日本と比べものにならないくらい多いということが印象的でした。規模が大きいためちょっと移動しただけで町並みが大きく変わることもあり眺めていて非常におもしろかった。
 天安門広場は毛沢東の像が掲げられている施設であり、民主化弾圧事件の場所として有名です。広場の周りには武装した軍人が多く集まっており少々緊張感があった。観光客で多いのは中国人の他は、日本人か韓国人、西洋系の人々だった。
他の観光地でも中国の旅行者が多かった。彼らは夏休みを利用して地方から北京に来ていた。元々広いはずの広場も人で埋め尽くされており非常に賑やかだった。私が一番驚いたのが天安門広場での横断幕の使用が禁止されていることで理由はデモなどの行為を禁止するためで警察車両が何度も通過し、目を光らせている様子は中国がやはり共産党体制のもとにあり、その権力が強大であることが分かりました。
 後で中国の学生に聞いたのですが、7月は映画館が一斉に、共産党関係の映画を上映し他の映画が一切上映されないという状況だった。新作の上映が遅れて見られなくて残念だったが、インターネットで見たと話していた。若い年代がそれほど共産国家であることをそれほど重く考えていない事は意外でした。
話を聞く中で、中国は確かに共産党体制の国家ではありますが、その統治や情報操作にもかなり限界が来ている印象をうけました。
インターネットは検閲がかかり、中国からは閲覧出来ないホームページが多く、私は中国滞在中何度も閉塞感を感じました。禁止されたワードを入力すると接続が切断されたり、ブラックリストに載せられてアクセスすることの出来ないページがありました。こう言った国家による規制が平気で行われていますが、学生は検閲をクリアする方法を知っていて、よく禁止されたページを利用していると話していました。
 「中国人民革命軍事博物館」は人民解放軍が管理をしている国立博物館です。入場は無料だったが、入場券を貰うところでは身分証の提示が求められ、入場ゲートは陸軍の兵士が管理するという異質な博物館でした。年代順に並べられた軍の装備や戦闘機、戦車から過去の戦争に関する資料、そして抗日戦争に関する展示室もありました。エントランスホールには白い毛沢東の像がそびえ建っており、物々しい印象を受けました。平日の昼間ながら多くの人が訪れていて、日本の鉄道博物館のような施設という感じでした。この博物館では実際に戦車にのる体験が出来るなど展示にとどまらずアトラクション的な要素もある施設でした。
 私が抗日戦争の展示で少々可笑しかったのが中国があくまで侵略されたというスタンスを潔いほど貫いていた点です。また、自国軍が撤退したという事に対して設備が十分になかったことなど釈明がされていた点、さらに戦争で表彰された部隊や人物などの名前が書かれているなど、中国人のナショナリズムの一端を垣間見ることが出来きおもしろかった。
 意外だったのが平和について展示がなされていたコーナーがあったこと。条約などを締結した際に渡された記念品などが周りに展示され、解放軍が平和に大きく貢献しているという内容でした。 私は実際の装備だけではなく総合的な展示をする点においてこの博物館は優れていると感じました。この施設を見学して日本にもこのような施設が必要なのでないかと感じました。
 日本の平和に関する展示施設では多くの場合誤った解釈のされた歴史が展示されています。また、説明が冗長であったりと若い人が興味を持って見学することができる施設は限られています。実際の資料に触れることが出来たり、手軽に訪れることの出来るようにすることで若い人が関心を持って自分たちの国や歴史について学ぶことの出来る施設が必要だと思います。
 私が中国に留学することができよかったと思ったことは、今年が中国共産党創建90周年というタイミングの良さが幸いし、以上のようなことも含め、街で共産党に関する様々な動きを見ることができたことです。
 実際は皆さんが思ってられるような閉塞感を感じる場面は日常生活ではあまりありませんでした。
 私が一ヶ月学んだ北京大学の近くにある中関村という地域があります。「中国のシリコンバレー」や「中国の秋葉原」と呼ばれ名前の通り多くのIT企業が集まっている。また、パソコン部品や携帯電話を始め多くの電子機器の売買がなされて大阪の日本橋のようなところです。
 中国では量販店などをあまり見かけなかったので北京に住む多くの人がパソコンなどを買いに来て非常に活気があった。ここで驚いたのが企業のロゴを使いまるでその企業が直接運営しているような形をとっている店が多いことです。不正使用された企業から注意された店ではロゴを隠すなど対策がされていましたが、一部に限られ、多くの店では堂々と営業をしていました。カメラやパソコンなど、日本でもかなり高額な電子機器を普通に中国の一般的な人々が購入するようになってきています。
 もう一つは「三里屯」という北京市内では数少ないバー・エリアと商業施設が併設されている地区です。ここでは大使館が集積する地区や公園が近くにあり、多くの西洋人が集まってまさに「華やか」と言える地区で、中心街には噴水と煌々と輝くエキシビジョンがあり、その周りには高級ブランド店が並んでいた。多くの地区では8時を過ぎると人が少なくなる傾向があるが、三里屯は夜遅くなっても人が多く集まっており、日本ではまず見ることの出来ない光景だと思いました。
 少し気になったのが、付近に高級マンションが多く建てられていたが、一階部分のテナントが空いていて、テナントの募集をしているところが多くあり不動産バブルで転売目的で建てられたのかと思えるような光景が広がっていた。大きな建物でテナントを募集している場所は別の地区でも多く見られ、需要と供給のバランスがとられていないことを感じさせました。
 綺麗な建物が建っていても道路が未舗装であったり、裏に貧民街が広がっているところもたびたび見かけた。中国が非常に速い勢いで発展していることは間違いないが、13億もの人々がすべて裕福になれる訳ではない。北京市でそのような地区が点在していることが中国の現実の厳しさをも表していると言える。勢いがある中国ですが、今後発展から取り残された人々の事が大きな社会問題になると思った。私は中国の経済について見てきましたが、今の日本には今後中国を含むアジアで成長するための大きな可能性があると思います。
 今回私が、中国で感じたのは日本の文化や製品などが受け入れられる余地がまだまだあるということです。
 意外だったのが、北京では日本製品をあまり見かけなかったことです。おそらく、日本製品は中国においてはかなり高価な部類に入るらしく、一部のホテルや空港でしか見かけませんでした。また町中でも走っている車は韓国車やドイツ車などでした。私は日本製品を買いやすくするために、機能を減らすなどして廉価版などとして売り込むことが出来れば中国では受け入れられると思いました。実際カメラなどは中国製が多かったが、価格をある程度抑えるなど工夫をしないと中国では売れると思えません。
 今の中国の若者が日本のドラマなどを見ているということをたびたび聞きました。しかし、インターネットで違法配信されているものが多く、彼らはそれを主に利用するそうです。著作権などの意識が低い中国において日本の映画などの著作権管理などを行っていくことは大切であると思います。現在韓国が世界にコンテンツの輸出を行っているが、日本のコンテンツはすでに受け入れられる土壌ができあがっていると思います。
最後に今後日本はどうするべきなのかを学生の視点から述べさせて頂きます。
 私が留学を通して感じたことは3つほどありますが、一つ目はコミュニケーション能力を含む語学を学ぶことの大切さです。留学先では現地の学生との交流の時間がありました。彼らは英語が話せる上に、日本語でのコミュニケーションもある程度とれるレベルでした。日本語を学んでいる学生に話を聞くと授業で日本人の講師に教えてもらうことは少ないが、授業内で通訳の授業があるそうで、話すということだけでなく、将来を考えた明確な目標が設定されたプログラムを受けていることが分かりました。また彼らの語学へのモチベーションは高く、日本のドラマなどを見て日本語を覚えた学生も居ました。中国の若者の中では日本の文化などが広く受け入れられており、日本の俳優・女優の名前も多く知られているようでした。ただ語学を学ぶのでなく、文化もあわせて学習することがどれだけ大切なのかが分かりました。
印象に残っているのが街の中で英会話スクールが増えている。さらに書店などでは英語の学習コーナーが大きな割合を占めていました。中国では基本的に英語がほとんど通じなかったのですが、話せる人は上手いという印象を受けました。語学を取得しようとするモチベーションの高さをみただけではなく、自分を含め周りの学生が英語も満足に話すことが出来ないなかで、3カ国語を話すことが出来る同年代がいるということが自分も何か出来ないといけないという危機感を感じました。
二つ目は日本人は自分の国の記念日や歴史などについて知らない人が多い。現地で案内をしてくれた学生スタッフと話していると、記念日などの話題では何月何日など細かいところまで答えたり、疑問に思ったことについて尋ねると詳しく答えた。研修の中で日本の文化について問われたが、日本人の学生は電子辞書で調べながら伝えるのが精一杯で、かなり恥ずかしい思いをした。また自分たちの過去の歴史について誤解している学生も多く、国史を学ぶことを含め自分たちの文化・社会についてもきちんと学び直すことが必要だと思った。
 三つめは留学することも含め、様々な事にチャレンジし積極性を持って行動することが大切、本などを読むことである程度物事を知ることができますが、「百聞は一見にしかず」という言葉があるように体験してみないと分からないこともたくさんあります。至極当たり前のことですが留学を通して学んだ重要なことの一つです。
  中国に滞在したのは一ヶ月程度でしたが、私は中国と日本を考えたときに日本はこのままいけないということを痛切に感じました。中国が非常に考えられたビジョンをもち、それにあった政策を作っている点などは日本も見習うべきです。菅内閣から野田内閣に変わったことを3日遅れで知った。中国で週刊誌の記事がたった2ページと扱いは小さいものでした。それだけ日本のウェイトが下がってきているということに危機感を覚えました。それだけではなく、サポートをしてくれた学生から「日本の歴代の首相はほとんど皆中国に来たのに菅首相は中国に来ていない」といわれたことには驚いた。また、私たちと中国の学生に政治的な意識の差がかなりあることに気づかされたことがショックでした。
 日本が今一番必要なのは国家ビジョンだと思います。今後どのような国にしていきたいのかということを決めることなしに他国と渡り合うことはできません。中国は勢いがあり、今後さらに成長する国家であると思いました。そんな中国と渡り合っていくためにも今、大きなシステムの転換が求められています。
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2011年08月31日

23年7月11日号 JICAの教育貢献

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教育分野の日本の協力
JICA 国際協力専門員 西方憲広

6月1日、JICA国際協力専門員の西方憲広さんが、教育分野の日本の協力〜JICAの基礎教育協力を中心に〜のテーマでJICA兵庫で講演した。以下はその要旨である。

 世界には小学校に行けない子どもが未だ7千5百万人もいるといわれている。途上国の基礎教育就学率は近年急速に増加したが、まだまだアフリカのように就学率が低い地域もある。一般的な傾向として、富裕層よりも貧困層の方が、男子よりも女子のほうが、地域では都市よりも地方のほうが、教育のある母親の子どもよりも教育のない母親の子供の方が学校に行けない割合が高いといわれている。また学校に入学することができても、途中で退学してしまうこともある。例えば中米のニカラグアでは、小学校に100人入学した子供のうち6年間で卒業できる子供がわずか27人であるという。
 このような途上国の現状を解決するために、JICAは基礎教育分野で@教育の機会均等(アクセス)、A教育の質、B教育行財政(マネージメント)の3つの観点から協力を実施している。

全ての子供たちに学校教育を(教育の機会均等)

途上国の都市部以外の地域では、近くに学校がないために就学できない子供がいる。また都市部では教師や教室が足りないために就学できない子もいる。特に女の子の場合だと通学距離が長いと危ない、と両親が心配して行かせないこともある。また女子トイレが学校にないために女子の就学が妨げられている事例もある。このように教育の機会が不均等な場合、適切な場所に適切な校舎を建設することによってある程度教育機会を均等にすることができる。日本は無償資金協力で小中学校校舎建設を実施している。アフリカ、アジア、中東、中南米と様々な国々47カ国で実践を上げており、これまで日本の校舎建設で年間210万人以上の児童生徒(2008年度推定)が学んでいる。

授業がよく分かるように(教育の質)

入学したのに授業が分からず進級試験で落第する子がいる。教科書がない、あってもその質がよくなく学習効率が上がらない、又は授業がよく分からないなど様々な理由からせっかく学校に通っていても学力が思ったようにつかずに、留年、落第してしまう子供たちがいる。
JICAでは特に小中学校を中心に理数科教育に対する協力が多い。協力内容は、現職の小学校や中学校、高校の教師に対して教育省が実施する現職教員研修システムの構築、トレーナーの育成、研修教材の開発等など多岐にわたる。またカリキュラム改編時に新カリキュラムに対応する教科書や教師用指導書開発に対する技術支援要請もある。
アフリカ地域では、ケニア理数科教育強化プロジェクトを中心として、マラウイ、ウガンダ、ザンビア、ガーナ、セネガル、エティオピア等10カ国以上で協力している。また紛争を経験したモザンビーク、南部スーダン、シエラレオネ等でも実施(又は予定)されている。日本の技術協力を受けたケニア人が今では、他のアフリカ諸国に技術支援を実施している例もあり(「南南協力」といわれる)、長年の日本の地道な協力が少しずつ実を結んでいる。アジアでもインドネシア、モンゴル、カンボジア、ミャンマー、パキスタン、バングラディシュ等で協力が行われている。
中米のホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ、ニカラグアでは小学校算数科教科書と教師用指導書の開発に対する協力を実施した。現在この4カ国で開発された教科書は全国配布された。子供たちが日本の技術支援を受けて開発された教科書を使いながら日々算数を勉強している。この協力の特徴は、各国の教育省の技官たちが自分たちの手で開発するプロセスを日本が手伝った、ということ。これにより各国教育省に教科書開発、改訂能力を持った技官がプロジェクト終了後も残り自分たちの手で、今後改訂を繰り返していくことができる。

「みんなの学校」(教育マネージメント)

前述のように途上国では学校に行けない子供がいる。または入学しても小学校の6年間を卒業しないで中退する子供もいる。これを何とかしようと、住民参加を取り入れた開かれた民主的な学校運営を目指した取り組みのプロジェクトがJICAの技術協力により西アフリカを中心に実施されている。ニジェールで始まったこのプロジェクトは「みんなの学校」プロジェクトといわれており、現在マリ、ブルキナファッソ、セネガル等の国でも実施されている。
これは中央政府から学校(学校運営委員会)への権限委譲という地方分権化政策という背景のもと始まった。これは地域社会も学校運営に関わる予算を負担することによる持続的教育開発、学校主導型経営による教育効率の改善、そして学校運営への住民参加を引き起こした。これまでの「みんなの学校」の成果は、民主的な選挙による学校運営委員の選出、住民参加による学校活動計画の策定・実施等により、子供たちの就学機会や教育の質の向上、コミュニティーと学校の関係改善、住民参加の促進、コミュニティーの活性化等の成果をあげている。

これらの国々では、日本の協力に対する感謝の気持ちが非常に強い。今後もJICAは、日本の国民の皆様の理解を得ながら、世界中の学校に通うことができない子供たちに就学機会を提供し、より質の高い教育を受けることができるように真摯に取り組んでいきたいと考える。
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2011年04月08日

神港高等学校 「出前セミナー」の開催

理美容.jpg
近年では若者の「技能離れ」が進み、ものづくりの将来を担う後継者確保と育成が深刻な問題となっている。
神戸市兵庫区にある神戸市立神港高等学校(岩井英資校長)で3月9日神戸市技能職団体連合会の「出前セミナー」が行われた。同校の1・2年生約20名が参加した。「出前セミナー」は平成19年度より市内高等学校などへの講師派遣事業を実施しているもの。
 神戸市技能職団体連合会から派遣された美容師の金川澄子さん、光宮正さんや大工の森修身さん岡本勝さんが講師となり、自らの進んできた道のりや技能職の魅力、労働条件等について語った。

 生徒が参加する技能体験では、光宮さんは、美容の技術は人にとられない、この技術で二人の息子を立派に育てることができた。女性にとっては、男の人に頼らず生活して行ける。金川さんは美容室に入る時には美容組合の加盟店に入ってくださいとアドバイスしカットのふち切りを披露した。
 森さんは仕事は大変だがやりがいがある。別に難しい試験がある訳でもないが根性を持って仕事に打ち込むように若いものには言っている。大工と怪我はつきもの、注意して作業をする必要があると玄翁(金槌)の両面に違いが有ることを説明し3.5インチ釘の打ち方、玄翁の正しい持ち方、鋸の使い方を手ほどきした。
参加した高校生は普段の授業とは一味違った「出前セミナー」に慣れない手つきでカットをしたり木を切ったりしていた。




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JICA国際理解教育 のための出前講座研修

IMG_3504a.jpgJICA(国際協力機構)では国際理解教育のための出前講座を小学校や中学校を対象に行っている。
現地での実際の活動体験に基づいた国際協力について、青年海外協力隊のOB・OG、技術協力専門家、JICA職員などや、来日中の技術研修員が講師として学校や講演会場に訪問したりJICA兵庫などで講演をしている。JICA関係者が自らの言葉で国際協力を伝える講座は、子どもたちにも好評で県内の小中学校で受講するところが増えている。
3月5日の研修では、元日活社員で映像隊員の西原昇さんが、学校で子ども達に話すだけでは真意や実態が伝わらないので情報量の多い写真や映像を使いますが、あくまで補助材料で、何でも見せればいいと言うものでもない。同じ年代の子ども達の映像はわかりやすい。例えば運動会のビデオ撮りでもやはり表紙がないと分かりづらい、いきなり走っている姿では何がなんだか分からない。映す時は自分が動かないようにすることが必要だと語り一脚でも十分に役に立つ。ジンバブエでの小学校での音楽指導の様子を紹介しながら編集では惜しいものをどんどん捨てていく。授業の下見をして子どもたちが自分を意識しなくなるまで待つ。子どもはどこでも同じでポーズを取りますからと撮影の苦労を語った。
 アジアプレス所属の渋谷敦志さんは、難民や移民、肉体労働など取り上げているブラジル人写真家セバスチャンサルバドの写真集に影響を受けた。写真撮影で大事なのは相手のことをよく知ること、ロンドンで専門教育を受けたが技術的なものは全く教えない。国際協力の関係者と一緒に活動している。バングラディシュでの児童労働の実態やダッカの子どものメード等を撮影している。技術よりも思いがあれば人に訴えることが出来る写真が写せると思う。学校の40人のうち10人が感動してくれたらいいと思って話していると語った
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2011年03月20日

東日本大地震東日本大地震



 11日、マグニチュード9.1という超大型地震が発生した。被災地は壊滅的な打撃を受け、ゼロからの復興を余儀なくされている。心からお見舞いと早期の復興を祈りたい。
 海外のメディアでは強震に襲われた首都圏で、崩壊したビルが殆どなかった事実は、日本の防災技術がトップのレベルにある事を証明した。天災が起きた最初の瞬間から日本人が見せた冷静で秩序だった行動に、改めて日本の民度の高さを感じたと報じている。
 BBCの報道では地球最悪の地震が世界で一番準備され訓練された国を襲った。犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。日本人は文化的に感情を抑制する力がある。 
 新華社は、「日本国民の防災意識と地震発生時の冷静で秩序ある行動には感嘆の声を上げざるを得ない」と報じた。中国の環球時報は、日本人の冷静さが世界に感慨を与えている。東京では数百人が広場に避難したが、男性は女性を助け、ゴミ一つ落ちていなかった」と紹介した。 中国のネット掲示板には、日本人を絶賛する声が絶えない。「教育の結果だ。GDPで得られるものではない」 「冷静さに感心。学ぶべきものが多すぎる」 「震撼の一言だ。このような民族は必ず困難に打ち勝つ。日本人に敬礼」 「四川大震災に涙を流したが、日本の大震災には驚嘆した」 「日本民族は尊敬に値する。東洋人の誇りだ」 「尊敬する。人々の無事を祈る」 「『恐ろしい』民族だ。巨大な天災の前で、人間の善を持ち続けられるなんて」 「感動した。心の奥から。魂が」 「『差』は比較のためにあるものだ。昨日テレビを1、2分見ただけで、その差を感じた」 「世界に尊敬される民族だ。」 「中国人は日本人の教養に達するには50年かかると言っていたが本当に50年で追いつくと思うのかと聞きたい」と本音を語っている。
 未曾有の危機に襲われながら、冷静沈着に行動している日本人の映像が世界に流れると、国や人種を越えた多くの人々の感動を呼んだ。 世界から日本人の行動やモラルに賞賛の声が上がっている。 物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に拾い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。都心ではビルを飛び出した人々が,整然と公園に集まり、交通機関の復旧を辛抱強く待つ人々は、混乱せづ、弱者に助けの手を伸ばす光景も多く見られた。
 米各紙とも日本人の「がまん」「地震への備え」を報じ、国連も全力で日本を援助すると言っている。
 平成7年の阪神・淡路大震災を経験した我々は震災のむごさや復興の道のりの長いことを誰よりもよく知っている。被害を受けた産業や製造業の再建。住宅やインフラの整備には十年単位の時間を要するだろう。被災地での小中学校の再開や児童生徒の心のケアーなど課題が山積している。兵庫県教育委員会の震災・学校支援チーム(EARTH)は宮城県教育委員会からEARTHの派遣依頼があり当面3名の派遣し被災地の教育復興支援を実施する。神戸市でも義援金の受付を開始した。震災の被害をよく知っている我々だからこそこの度の地震被害に対してでき得る限りの手を差し伸べて行き国難を乗り切って行かねばならない。


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2011年03月10日

PTAと子どもの教育

PTAと子どもの教育

PTAは、地域の教育力を向上させるための地域に根ざした多様な活動に積極的に関わっていくことが必要です。
子供たちを取り巻く環境が著しく変化し、子どもたちの基本的な生活習慣の乱れ、学力や体力の低下や規範意識の低下が非行の一因とも指摘されている。増える犯罪や目を覆いたくなるような事件や虐待は、家庭や地域社会の教育力の低下が原因だと指摘されている。だからこそ、学校と家庭、地域を結ぶPTAの活動は、ますます重要なものとなってきている。しかし現在は少子化や地域社会の高齢化、過疎化、不況が進みPTAの活動が弱くなっている。また兵庫県PTAの参加PTAが減るなどPTAの活動の実践がますます困難になっている現状がある。
 正しい食生活や規則正しい生活習慣、人としての規範意識を身につけさせるための家庭教育の重要性を認識し、子どもの健全な成長を図るという目的を達成するには、保護者と、教師が、PTA会員として共に学習し実践することが必要不可欠である。
 保護者は学校の教育目標、教育課題を、教師は保護者や地域住民の活動を理解共有することで、お互いに親密な関係ができ、学校は地域の開かれた学校となり、PTA活動が一層活性化されることになる。また、教員においては、PTA活動についての理解を深め、積極的にその活動に参加することが望まれる。
PTAに対しては、保護者が参加しやすい環境づくりに努めるとともに、家庭と学校とが連携協力して行う活動、家庭教育に関する学習活動、地域の教育環境の改善のための取組活動の充実を図っていくことを期待したい。父親に対しては積極的にPTA活動に参加することが求められている。 PTA活動は、社会的役割を担い自己を高める絶好の機会であると自覚し 学校・家庭・地域の教育力の再構築を目指した取組をすすめ、子ども達を生き生きと活気にあふれさせ、充実させ、発展させていくが求められている。
昨今の子どもを巻き込む悲惨な事件の発生を防止し、子どもを犯罪の被害から守るためにも、学校、家庭、地域社会が連携し、子どもの安全を地域全体で見守る体制を整備していくことが必要です。


金魚草.jpg金魚草.jpg
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2011年01月30日

バイリンガル、セミリンガル ダブルリミット

母語とは親の話すことば。思考力や表現力の土台になることばで、考えたり数を数えたり書く時などに使うことばである。
 初めてのことばは、子どもの人間形成に大変大事な役割を担っている、その子どもの原点と言えることばです。
 バイリンガルとは2つのことばをきちんと使い分ける能力で、双方に著しい差があり完璧なバイリンガルの人は実は少ないと専門家は指摘している。
バイリンガルのメリットには知的発達や言語感覚を加速する。異文化理解を深める、思考に柔軟性で創造力が旺盛と良い点が指摘されている。
世間で完璧な人がクローズアップされバイリンガルと言う言葉が一人歩きしていて誤解されることがが多い。
これに対してセミリンガルとは、母語と外国語の両方共に、学年相当のレベルより低くなることです。学習上に課題が大きい。
 外国で育っている子どもや両親のことばが異なる場合も、一時的にはセミリンガル的現象になることがある。
 言語には生活言語と学習言語がある。日常会話に必要な生活言語、認知、学術的活動に必要な学習言語。会話程度の生活言語能力は身に付いても、学習言語能力はなかなか身に付かない子どもが多い。
 日常会話はできたとしても、教科のための学習言語を身につけていない。日本語がわからないために、教科内容がわからないことがある。
このことにより日本語を母語としない外国人生徒は結果的に高校への進学が難しくなる。
 また急激な言語環境の変化はよくない。帰国子女が親の赴任先で外国語漬けになったりすると、情緒不安定になって、せっかく伸びていた母語の発達が停滞することがある。
 逆に就労のために来たブラジルなど外国人や日系人子弟が日本で学習していく上で、どちらの言語も中途半端で土台になる母語、学習用語が育っていない子どものことが指摘されている。そのうえ両親の多忙さや親子間の不理解、コミュニケションの悪さが、子どもたちを引きこもりや非行へ走らせたりしている。
セミリンガル」または「ダブルリミット」という現象はどちらも中途半端で軸になる母語、学習用語が育っていない。思考力や表現力の土台がない。今これらの児童生徒が問題になっている。どちらの言葉も幼稚で小学校高学年や中学校の授業で読解力が低いためついていけない、外国人の子弟で日本で生まれた場合は両親が忙しく日本語が話せないため、子どもは母語も日本語も十分出来ないことが多い。小学校高学年位で日本に来たほうが後々学習上いい結果がでると関係者は指摘している。
 これらのことに理解を示し母語をしっかり学習させた上で第二言語を習得させることが保護者や教育者は考えていかなくてはならない時代が来ている。
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