2008年07月10日
兵庫県の誇る偉人たち
柳田国男の民俗学
日本で始めて民俗学を完成させた柳田国男は神崎郡福崎町の出身
儒者・松岡操の六男として生まれる。 東京帝国大学を卒業、農商務省に勤務。早稲田大学で「農政学」を講義する。
民俗学が成立するきっかけになった書物、遠野物語を書いている。
戦前から戦後にかけて膨大な量の民話を収集し、独自の民俗学を構築した。
生涯の学問的主題は魂の行方を明らかにすること、神の発見、即ち日本人の宗教意識を明らかにすることであったと言われている。
民間伝承の歴史研究上の有効性を所与の条件として構築し、日本民俗学会の初代会長に就任、 文化勲章を受章している。
神戸の巨大商社 鈴木商店
1874年、兵庫の弁天浜に開業した鈴木商店の鈴木よねが金子直吉と柳田富士松の両番頭に経営を任せ戦前の日本の財閥に育てた。
樟脳、砂糖事業で利益を上げ、製糖・製粉・製鋼・タバコ・ビールなどの事業を展開。さらに、保険・海運・造船などの分野にも進出した。
1920年の全盛期の売上げは、16億円(日本のGNPの約一割)に達した。
第一次世界大戦後の反動でバブルが崩壊。銀行からの借り入れのみで、運転資金をまかなっていた鈴木商店は大きな打撃を受ける
台湾銀行は、鈴木商店への新規融資の打ち切りを通告。系列銀行に鈴木商店を支える体力はなく資金調達が不能となり、事業停止・清算に追い込まれた。鈴木商店の流れを汲むところは神戸製鋼所 、帝人、ナブテスコ、IHI、いすゞ自動車、日本化薬、双日など。
ノーベル平和賞候補 賀川豊彦
賀川豊彦(かがわ とよひこ、1888年 - 1960年)は、神戸市出身のキリスト教社会運動家。
戦前日本の労働運動、農民運動、無産政党運動において、重要な役割を担った人物。
日本農民組合創設者。キリスト教における博愛の精神を実践した「貧民街の聖者」として日本以上に世界的な知名度が高い。
労働者の生活安定を目的として神戸購買組合(現・コープこうべ)を設立、生活協同組合運動にも取り組んだ。
晩年は世界連邦運動に取り組み、1955年にはノーベル平和賞候補者として推薦された。
阪急、宝塚歌劇団の創始者小林一三
小林一三は電鉄構想の話を聞き有望性があるとして銀行を説得し株式を引き受けさせることに成功し1907年に箕面有馬電気軌道を設立、三越の少年音楽隊をまねて宝塚唱歌隊、後の宝塚歌劇団を創り上げ、温泉地宝塚を開発する。沿線開発はそのまま乗客の増加につながり、続いて神戸方面への路線開業に動き出すのを機に会社名を阪神急行電鉄と改めた。
開通と同時に売りだした宅地も当時の公務員年収の3ー4倍で手に入るとあってよく売れた。日本で初めて駅とショッピングセンターを融合させた。
講道館柔道の創設者である嘉納治五郎
嘉納治五郎は神戸市の御影に屈指の名家酒造家の息子に生まれる。
東京帝国大学に入学後、柔道の研究を始め明治15年、永昌寺に12畳の講道館を設立し柔道がはじまる。柔道の精神である精力善用、自他共栄を訴えた。
日本の教育にも生涯力を注ぎ込んでいたことは当時として多いに知られる存在であった。
現筑波大学校長、熊本大学校長などを務め、旧制灘中学校の設立にも関わる。1909年には日本人初の国際オリンピック委員会委員に就任し昭和11年東京オリンピック招致に成功したが戦争の為オリンピックは返還される。
感銘を受ける人は多く、世界へ広がる世界柔道の発展は目覚しい。
天才作詞家 阿久悠
阿久悠(あくゆう1937年- 2007年)は、洲本市出身。 第2回横溝正史ミステリ大賞や第45回菊池寛賞、紫綬褒章、旭日小綬章受章している。洲本高校、明治大学文学部卒業。
広告代理店宣弘社でCM制作を手がけながら、放送作家としても活動。同社退職後、放送作家、作詞家としての活動を本格化させる。音楽番組の台本を書いているとき、作詞の勉強をした。
「また逢う日まで」、「勝手にしやがれ」、「UFO」などこれまでに作詞を手掛けた曲は5千曲以上に及ぶ、企画したテレビ番組「スター誕生」からは、森昌子・桜田淳子・山口百恵、岩崎宏美・小泉今日子・中森明菜ら数多くのスターを世に送り出した。
映画「瀬戸内少年野球団」に代表される著作も多く、家族を題材とした「家族の神話」「家族元年」や大人の恋愛小説「絹婚式」「あこがれ」「もどりの春」などを発表している。
この記事へのコメント
役に立ちました
Posted by 八杉 at 2008年11月24日 20:35
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/16819921
この記事へのトラックバック
http://blog.sakura.ne.jp/tb/16819921
この記事へのトラックバック